闇の脳科学 「完全な人間」をつくるを読んだ.

1950 年くらいに活躍した(が忘れ去られてしまった)ロバート・ヒースという研究者 / 医者に関してのサイエンスノンフィクション.統合失調症,うつ病さらには同性愛さえも「治療の対象」として患者の脳に電極をぶっ刺して電流を流す実験に関する話が描かれている.

色々と現代では考えられない事が研究という名目でやられていた. 同性愛を「治療可能な病気」として見なして治療しようとしてみたり,脳の仕組みが明確には解明されていない状態で「脳のこの辺が怪しいから電流流しちゃえ」ってのを実際の人間にやってしまうのもすごい(後者に関しては最近注目が集まっている治療法らしい).

前回の読書感想エントリと同様に特に面白いと思った箇所をいくつか引用して自分の感想を書いてみる.


鬱病の本質とは心の痛みなのだろうか。それとも、喜びを感じる能力の欠如なのだろうか.

身近な友人や家族ででうつ病になった人がいないし,ちゃんと調べたこともないのでどのような病気なのかこれまでほとんど知らなかった.もしこのように「喜びを感じる能力の欠如」が症状としてあるならそれはとても辛そうである. インフルエンザくらいしか自分は病気をしたことがないが,体が辛い状態でも,ゲームをしたり映画を見たりで楽しみを感じれた. うつ病になると体は問題ないのにその喜びが奪われるというのは想像もつかない. 本書を読み始めてすぐには,「電極を頭に埋め込むほど治したい病気なのか?」と疑問に思っていたがその考えはすぐに改めた. 現在は薬とこの電気治療の両方の開発が進められており,どちらも少しずつ進展しているみたいなのではなく完全に治療可能な病になる事を願う.


人間の行動は操作されるべきなのか、そうだとすれば誰によって操作されるべきなのか、という問題だった。

「人権の侵害が許される条件」の議論は複雑で難しい.おそらくみんなが納得する結論はないのであろう. これまでにも(今でも)人間社会を円滑にするために,あるグループの人間の人権を正義的に侵害していることはある. 法を犯した人間は行動の自由を制限されるし,子供はビールを飲めない. これらの制限はほとんどの人は疑問を持たずに受け入れていると思う. だが,これが「犯罪を犯した人間には脳に刺激を与えて人格を矯正する」とかになったらどうだろう. 人間としての本質と考えられている「人格」や「脳」へ干渉しようとすると一気に気持ちが悪い,間違った事に見える.

個人の意見としてはどんな状態であったとしても本人の同意がない限りは「人格」へのアクセスはして欲しくない.これと先にあげたすでに実装されている制限と何が違うのかはうまく説明できないが.


「ヒースは夢想家でした。データ主義者は足りないところを補いますが、科学を進歩させるのは夢想家なのです」

少しこれまでの話題とそれるが,これは間違い無いと思う.研究者だけではなく起業家とかにも当てはまるのかな. 全く新しいもの,これまでに存在しなかったもの,を生み出そうとするには直接役に立つデータは存在しない.補助的に参照できる情報はあるかもしれないが,盲目的に自分の信念で突き進む力が必要になる. 同様に,情報が欠如している状態で「夢」をみる夢想家でいることは難しい. 自分を含む多くの人にはできないことだろうし,勤勉さや知識の量とこのスキルに関連はないように感じる. 何を持った人がこのような人間になれるのだろうか.関連する脳の部位を電気で刺激することで人為的に作ることができるのだろうか,,,


人間の脳の構造は石器時代のままなので、現代のハイテク時代にうまく適応できない。その解決策として、テクノロジーによる変更・介入は当然の反応だ。

進化の過程で形成された人間の道徳的直感や感情移入能力は、構成員が互いに密接な関係にある小集団に適合するようにできている。だから、人間は、個人としての自分にとって具体的な事柄に取り組むのは得意だが、もっと複雑な(つまり、気候変動や海洋汚染、難民問題といった、現在人類が直面している地球規模の難題のような)一般的問題となるとうまく対処することができないのだ、

この本では何度かこのような「人間の限界」についての言及がある. 近年,高度に世界の構造が複雑化しているため,人類が対応を迫られている問題も同様に複雑になってきている. 最近よく話題になる,「民主主義の崩壊」や「地球温暖化」,直近では「コロナウイルスへの対応」等,複雑かつ人間の一生よりも長いスパンでの対処が必要となる問題がたくさん出てきている. しかし,世界の変化の速度と比較したときに人間の進化はとても遅い. なので,これらの問題を解決するだけの能力をそもそも人類は持ち合わせていないのかもしれない,という議論がある. これは自分も前から感じていたことで,「もうこれは無理じゃね」と思っていたが,この本で可能性の一つに出会うことができた.

長期的な予想を立てて行動することが人間には困難である.よって地球温暖化を止めるのが難しいのであれば,長期的な予想を立てることができるように「脳を改造」してしまえば良いのである.自然な進化に時間がかかるのはしょうがないので,強制的に科学の力で進化を引き起こすのである.

これだけみると「そんなことできるなら最高じゃん」なのだが,実際に実行するとなるとたくさんの倫理的問題が発生する. 例えば,「脳の進化の方針は誰が決めるの?」問題. 人類の正しい進化の方向を考えた上で電気を流して「治療」するのであればその方向をまず決める必要がある. その方向を決めるのにふさわしい人間はどう決めるのが良いのだろうか. 各国の代表が自国民の方針を決める,と言うことで総理大臣が脳改造の方針を決めてそれに国民が従う,とかなったら自分は間違いなく反対するであろう. 国連のトップ(そもそもそんなポストがあるのかは置いておいて)の決定なら良いのだろうか? 果たして誰の決定なら従うことができるのか.


最後にタイトル回収. もし自分で好きなように自分の脳を「アップデート」できるとしたらどうしたいか考えてみる.

  • 賢くなりたい
  • 優しくなりたい
  • 打たれ強くなりたい

とかのパッと思いつくものはたくさんある. プログラマーという少なからず頭を使う仕事をしているので,自分の思考速度がもっと早かったら良いな,という気持ちは毎日抱く. また,街を歩いたりするとマナーの悪い人を見たりしてイラっとすることが自分はよくある.それ自体に問題はないのだが,できることなら穏やかな気持ちで過ごしたい.

このような自分の「欠点」を「治療」することができたとしたらしたいのか考えてみる. もちろんこれらを欠点として考えているので直せるもんなら直したい. ただ,治療した結果自分の自我が維持されているのかは疑問である. 結果として全然違う自分になってしまうかもしれないのは,怖くはないが気味が悪い.

ただ,もしアップデートの結果,筋トレを苦とせずひたすらジムに通いスーパーマッチョになれるのだとしたら迷わず治療を受けるだろうが.